アパレルスクールに通うという場合などには理由を様々にもっているということがあります。まず考えられるのがデザインなどをしてみたいというものである。アパレルスクールに通うことで服飾の基礎知識から応用する方法まで様々な学術的要素、実践方法などを学びそれを活かして自分の作品を作れるようにしていきたいという場合などがこのケースに当てはまるということになります。この場合にはアパレルスクールに行くだけではなく、実際に自分でデザイン画をいくつも起こしてみたりそのためのモチーフや方法論などを構築していくことでオリジナリティを発揮したり要求などに応えられる技術を身につけていくということができるようになるという場合があります。服はデザインだけではなく、パターンを起こすことで実際に生産する段で量産できる体制をとることになりますが、そのための効率のとても良い布の取り方や方向、ハサミの使い方などを知ることでテキスタイルの何たる加ということを知るということができるという場合があります。こういった知識を入力した後は実技を繰り返すことによって実際に生産をするといった働く場での力を身につけることが出来るようになりますし、効率化が出来ればコストも削減できてその分手ごろな価格で卸しても問題がなくなるということもあり販売のしやすさに対する遠因とすることが出来ることもあるので非常に重要なパートであるといえます。アパレルスクールで知識を一通り学び、生産の工程などを身につけることでより服をお客様に売りやすくなるということで学びに行きたいという場合もあります。
この場合にはどういった生地の性質があるのかということや各デザインによる特長、工程の意味合いやそれに掛かる手間などについて具体的に知識を得てイメージを持っておくことで商品説明をするときにも役に立てることが出来ますし、きちんとした説明により価格設定などについて不満を持たれている場合にも納得をしてもらうことが出来るという場合があります。

苦手な洋裁を頑張っています

私は、ものすごく不器用なので、洋裁が苦手です。母親が、女の子なのに洋裁ができないのは将来にお嫁に行った時に困るだろうと、小学校、中学校、高校時代の夏休み、冬休み、春休みなどの大型連休中には、バザーへ出す雑巾を縫うのを私の家でのお手伝いにされてしまい、2日1枚の雑巾を縫うことをノルマとして頑張りました。
不器用ながらも一針一針丁寧に雑巾を作ったものの、時間をかけた割にお世辞にも上手とは言えない出来上がりです。学校の家族科でも、授業中人一倍熱心におしゃべりもせず、がんばって手縫いをしたり、ミシンがけをするのであるが、どうしても皆さんが出来る工程が自分にだけはできないくらいの不器用さでした。先生に提出しては何度もやり直しとなってしまい、あまりにも頑張っているのにできないので、中学と高校では、最後は根負けした先生が縫ってくれたくらいです。
その時には、先生からこう言われてしまいました。
本当は自力でやらないといけないのだけれど、何度やり直してきてもらってもできないし、ものすごく頑張ってもできないのは分かったから特別だよ。と、ここまで学校の先生から言われる生徒も珍しいと思います。
そんな私が結婚して、やはり洋裁に苦労をしています。夫の服のボタンつけ、作業着のほころび直しや穴の補修など、今までやったことのない縫製もやるようになりました。一応、学校の家族科では、努力しても思うようにできなかっただけで、知識はきちんと身についているので、やり方は分かるのである。お金に余裕のある家なら、新しい作業着を買ってねと言えますが、貧乏な我が家では厳しいので、補修してなんとか着てもらうしかありません。
夫の仕事が、作業着に穴の開きやすい仕事なので、何度も何度も縫って復活させました。時間をかけて丁寧に縫っているものの、誰がどう見ても雑に適当に縫ったようにしか見えないのが悲しいのであるが、そんな仕上がりでも、夫はいつもお礼を言ってくれます。
ありがとう、のたった一言で苦手な洋裁を頑張ってやって良かったなと思えてしまいます。できることなら、もっと上達して、夫の作業着をきれいに補修してあげたいです。